本を読む時間などほとんどないくせに、どうしても読みたい本を見つけてしまった。図書館で3冊借りたばかりだというのに、2000円を超える高価な本(ワタシにとっては1000円を超えると高価な本なのだ)を我慢できずに買ってしまった。
それはなかなかマニアックな本で、ヒマラヤの未踏峰をいくつも登った尾形好雄さんという人の記録集で、ひとつふたつの海外登山だけでも結構大変な経験だったと思っている身にとって、まさしく超人的な記録集なのである。超人的な登山といえば、山野井泰史という文字通りの超人が存在するのだけれど、山野井が単独あるいはパートナーと二人だけで困難な岩壁を目指すのに対して、この尾形さんは存在感のある7000mクラスの未踏の山あるいは未踏のルートを、若いメンバーを率いて毎年のように登っていく。しかも、いつでもトップでルート工作をしなくては気がすまないというところがすごい。同じ隊のメンバーでも、ルート工作をする人と、2番目以降で出来上がったルートをロープ伝いに登る人では、技術も労力も意義さえもまるで違うものなのだ。
未踏のルート工作は未知との戦いだから、どんな悪条件が出てきても乗り越えられる技術がなくてはならない。さらに、どんなに追い詰められてもめげない精神力がなくてはならない。そして、もうあと少しで頂上に手が届くところまで来ても、下るための時間と体力が残っていなければ、引き返すことができなくてはならない。登るだけでなく下ることができないと「栄光と悲劇」になってしまう、と本の中で尾形さんは繰り返す。その通りにその判断ができる人だったからこうして本が出来上がったわけで、そうでなければ沢山の人がそうであったように、還らぬ人になっていたのである。
この本は記録集だから、登攀の様子などは専門用語を知らないと理解しにくい。それでも、マイナス40℃近い寒気の中で雪崩の通り道を祈りながら抜け、ようやく壁を登りきると尻が切れそうなナイフリッジが待っていたり、いつ崩れるかわからない氷塔の下をかいくぐってロープを延ばす、という記述が続けばその緊張感は十分に感じることができるだろう。
人間はどんな困難にあっても、その意思によってはいかようにも動く動物なのだと、気付かされた1冊であった。
★「ヒマラヤ初登頂 未踏への挑戦」尾形好雄著 東京新聞発行 2200円