ちょうど40年前の中学2年の社会科は、歴史の授業だった。担当のオチアイ先生は大柄でメガネをかけていて、ときどき生徒を指名して質問を投げかけ、答えが正しいと大きな声で「その通~りです!」と叫び、眼鏡の奥の比較的小さな目を精一杯見開いて全身の動きを止めるのが特徴だった。
ボクにとって社会科は数少ない好きな科目のひとつだったのだけれど、歴史のテストの点数は1年の時の地理に比べてだいぶ悪かった。それはボクの頭の性能だけでなく、オチアイ先生の授業がこちらの理解にかかわらず、いつも一方的に進んでいくことにも問題があるように思えた。
よく指名を受ける優等生たちの答えで「その通~りです!」となれば、クラス全員が理解できたかのようにどんどん次へと教科書のページが進んでいってしまう。滅多に指名を受けず、受けてもしどろもどろの答えしかできないボクは、いつも窓の外へ虚ろな視線をさまよわせていた。おまけに開いている教科書のページがみんなとは違っていたから、今どこの話をしているのか見当もつかなかった。
窓の外はのどかだった。広い校庭の向こうに桜並木があって、その向こうにはキャベツ畑が広がっていた。時々畑のおじさんがリヤカーに桶をいくつも積んでやって来て、キャベツの畝の間に長い柄杓で何かを撒いていた。それが何かボクは知っていたけれど、あまり気持ちのいいものではなかった。
キャベツ畑の向こうには私鉄の線路があって、5~6分に1本くらいの割合で電車が行き来していた。当時、その私鉄の電車は塗装を更新していて、新旧の車両に2種類の塗装があった。ボクはノートの隅に4つの欄を作って、電車が通るたびに種類を正の字で数えたり、次に何が来るかを予想した。
それに飽きると、今度は白昼夢に耽った。片思いの3組のあのコから告白を受ける・・・、運動会のリレーにアンカーで出場してぶっちぎりでテープを切る・・・、生徒会の選挙で演説をぶって拍手喝さいを浴びる・・・。眼鏡をかけたチビで貧弱な劣等生が、一躍学校のヒーローになって・・・というところで、歩きながら授業を進めるオチアイ先生に、「ここじゃない!」と、いきなり後ろから指で教科書をつつかれて、哀れ白昼夢ははじけ飛んでしまうのだった。
窓の外で満開の八重桜の枝が揺れている。その前をひっきりなしに車が通って行く。けだるい午後のアイドルタイムは、40年前の中学2年生にタイムスリップ。おツムはいまだに劣等生のまま。
2010/5/11