我が家のお父さんは、時々朝っぱらからチャーハンを作る。朝といってもこの人の朝は4時半から始まるから、まだみんな寝静まっている時間からチャーハンを作り始める。このチャーハンというのは静かに作るのがなかなか難しい料理だから、中華鍋がガランガランと音を立てるがお構いなし。まだ窓の外は暗いというのに、家の中にはチャーハンの音と香りが漂うことになる。
そんなお父さんのチャーハンは以前から子供たちに人気があって、作ったチャーハンを置いておくとみんなが朝ごはんによく食べた。今もチャーハンを作ると、同居する娘たちがお弁当に持っていったり、遅い朝ごはんに食べてしまうから残ることはない。
ある日曜日の朝も台所に残りごはんがあったので、お父さんは早速チャーハンを作った。日曜日で娘たちは起きるのが遅いし、好きなものが食べられる日でもあるので、タッパーに詰めて自分の弁当にした。店にやってきてPCを開けると友人が「いいよね、これ」とユーチューブの映像をシェアしていた。回線が遅いこともあって、お父さんは普段あまりPCで映像を見ないのだが、「お父さんのチャーハン」というタイトルがとても見過ごせなくてクリックした。某ガス会社がテレビで流したCFだったのだが、普段テレビを見ることがないお父さんはもちろん見たことがなかった。
若い女性がうるんだ目で「お父さんのチャーハンが食べたい」と言う。意表を突かれたような顔をするお父さん。シーンは10年ほど前の二人にさかのぼり、おかあさんが風邪の時や怒って実家に帰っちゃった時に、お父さんがチャーハンを作っている場面が続く。ベチャベチャでおいしいとはその時言えなかった娘。高校生になると食べたくなくて「もう食べた!」と嘘をついて2階に上がってしまう。そして婚礼衣装が映されて、結婚式の三日前・・・という設定で冒頭のシーンに戻る。
シェア元のコメントを見ると、このCFは世の中のお父さんをずいぶんと泣かせたらしい。お父さんという人はだいたい娘に弱いし、娘が嫁に行くとなれば人が変わったようになることもある。その娘との日々が、おいしいとは言えなかったお父さんのチャーハンでよみがえる。そして、最後に娘が言う。「お父さんのチャーハンが食べたい」。と、ストーリーは何ともありきたりなのだが・・・。
我が家のお父さんも泣いた。なんというタイミングで流れてきたのだろうと、まだ温かい自分で作ったチャーハンを膝の上に載せて画面を見ながら涙した。泣かせるという計算が見え見えなのだけれど、コロリとやられてしまった。
CFのお父さんは不器用だけれど、娘を慮る気持ちがあるからおいしくないチャーハンが涙を誘う。同じように娘が食べるチャーハンでも、残りごはんのチャーハンとはずいぶん味わいが違うのだろうなと、今さらながら我が家のお父さんは涙を拭いながら思ったそうだ。2012/9/11