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あてどなく3年も漂っていた4番目の次女が、ようやく今年からまた学校に通うようになった。
3歳下の子たちとどう付き合うのか興味を持って見守っていたが、どうやらしっかりとした子たちに支えられて毎日を送っているようだ。 「今の18歳ってなんてしっかりしてるんだ!」とメールでつぶやいてきたように、3歳の年の差があっても一番危なっかしいのはわが次女らしい。 これは母親の血を受け継いだのだな、きっと。 子供たちは誰もがみんな、親ふたりの性格と体質を受け継いでいるけれど、どちらのタイプが前に出るかが微妙に違う。 我が家の子供たちは男二人女二人。 母親タイプが二人、父親タイプが二人と実にバランスよく分れた。 でも、人間の性癖はいろいろなところに表れるから、血液型のようなタイプにはまとめられない。 次女は体格とマイペースな性格は母親に似たが、目上の人に対して反抗的な態度をとるところは父親によく似ている。 高校の担任が嫌いで三者面談の時には手を焼いた。 先生がそれを問題にしなかったから助かったが、その性格を植え付けた人(私のことです)は、中学の時に反抗的だったためにずいぶん痛い目に遭った。 中2の時に転任してきたハットリという理科の教師が嫌いで、わざと授業中に大きな声でくしゃみをした。 それがハットリの癇に障って一発殴られた。 ついでに「こんなくしゃみをするヤツの親の顔が見たい」と言ったので、「そんなに見たけりゃ家までくれば見せてやる」とまで言ってしまった。 完全に売り言葉に買い言葉。 でも、相手は教師だからちょっと言い過ぎだ。 数日して、家までハットリが来るのではなく、親が担任に呼び出されて顔を見せることになった。 そこで親は担任から「お宅の子は過激派になる恐れがある」とまで言われたらしい。 時代が時代だったからそう思っても仕方がないけれど、そこまでやる人間でないことはまともな教師ならわかるだろうに。 カラダは小さくて眼鏡をかけた貧弱な子供だったが、そんな騒ぎで学校ではある意味の札付きにされてしまった。 おかげで3年になって進学も希望通りにはならず、公立校は受けさせてもらえなかった。 成績も悪いから、私立だって底辺校しか受かる見込みがない。 そのころは休日も家にいると息苦しかったので、熱心に教会に通っていた。 友人の親父さんで教会の牧師が見かねて推薦状を書いてくれたおかげで、なんとかミッション系の高校に入ることができた。 そのまま宙に浮いていたらいったいどうなっていたのだろう。 3年も漂っていた時の次女の姿は、時々自分の多感なころの姿に重なって見えることがあった。 3番目の次男が生まれてきたとき、カミさんは「あなたと同じ顔が自分のカラダから出てきてびっくりした」と言った。 それはさぞかしショックな体験だっただろうと同情する。 でも26歳になった次男の体臭は自分とまったく同じ臭いがすることを発見した時、やっぱりこいつはオレに似ているんだと認識した。 この次男は中学生の頃から、まったく他人を気にしないで自分の好きなことだけをするという、学校では特異な存在だったらしい。 今やオタク街道まっしぐら。 場の空気を読むなんてことは、遠い国の少数民族の言葉のようにしか思っていない。 同じクラスの女の子の名前はさっぱり憶えないし、道で出会っても顔すら覚えていない。 部活に出たくないときは「家の手伝いがありますので・・・」と親が聞いたら吹き出すような嘘っぱちまでついてサボってしまう。 いったい誰に似たのだろうと思うけれど、他人の気持ちをまったく忖度しないところはきっとオレに似たのだろうなと、父親はまた中2の頃の出来事を思い出した。 そのころ、学校では交換日記というものが流行っていた。 くしゃみ事件の後には、担任が交換日記をつけるように求めてきた。 しばらく付き合ったけれど、なぜか担任が学校に出てこられなくなって中止になった。 交換日記のせいではないと思うけれど、鬱になってしまったらしい。 それから少しして、今度はある女の子から交換日記を求められた。 ちょっと大人びた子だったので、なぜ自分が選ばれたのかがわからなかった。 しばらく続いたある時、日記の中で「学校の中で好きな子はいるの?」と問われた。 何も考えずにそのころ思いを寄せていた子を正直に書いたら、交換日記は戻ってこなかった。 なぜだろう。 惜しいことをしたなぁ、と今になって思う。 その子も3年になって不登校になってしまった。 交換日記のせいではないはずだけれど。
by organic-cambio
| 2015-05-26 15:27
| 店主の雑言
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