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食料品に限って消費税をゼロにするという政策が現実的になってきて、食料品がほとんどを占める零細小売業の私たちといたしましては心穏やかではございません◆消費税はお買い物の際に必ず課税されるので、お客さんにとりましても非常に気になることだと思います。家計にとっては8%の税がなくなればうれしいことですが、国レベルの財政を考えれば赤字国債を過去最大量発行しているのに、どうして減税ができるのかが不思議なことに思えます。零細小売業に置き換えれば来月の支払いができないのに一律で値下げをするようなもので、お客さんに媚びへつらって自分たちの首を絞めることに過ぎないからです。ひとつ違いがあるとすれば、私たちはこの店の経済について最後まで責任を負わなくてはなりませんが、政府はそうではないところでしょうか◆私たち小売業は、消費税の徴収と納付を厳格に義務付けられています。その徴収の現場といたしましては、ある日から8%がチャラになり、2年後のある日からまた8%をいただきますというのは、非常にとんでもなく荒っぽいことが起きることが目に見えます。来月から、来週から、明日から8%の税額がなしになるかプラスになる、となった時の生活者の消費行動がどうなるかが経験的に想像できるからです。その行動は生活防衛として当然だと思いますし。その大波に振り回される身にとって、検討されている減税はあまりに荒唐無稽な策と映るのです◆単に現場が混乱するという当事者としての困惑だけではありません。消費税の導入から今の8%に至るまで慎重に時には様子を見て延期しながら、3%、5%と小刻みに上げてきた税率を、食料品だけとはいえいきなり0から8%に戻すのはあまりに乱暴です。嗜好品ではなく日常的な必需品なのですから。できるものならやってみな、と墓の下から呟く声が聞こえてきそうな気がします◆食料品の消費税がなくなるならうれしいというお客さんの気持ちはとてもよくわかるのですが、自分たちのあるいは次の世代のさらなる未来を考えたとき、目先の8%が減ることよりも大きな意義を感じる8%とならないものか、と毎日レジで消費税をいただきながら思うのです。 #
by organic-cambio
| 2026-03-04 16:46
| 店主の雑言
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夏になると2週間に一度の間隔で家の周りの草刈りをします。なるべく草を短く刈ったほうが草の伸びが遅くなるので、草刈り機の刃をナイロンコードに変えた時期がありました。金属のチップソーより地面をたたくように草を短く刈れるからです◆ナイロンコードは太さ3㎜程のプラスティックのコード(ロープ)が回転するので、地面の石や固いものに触れても反発がなく安全です。コードは石などにあたると切れてしまうのですが、短くなると自動的に伸びてくるようになっているので、どれだけロープが消費されたのかは草刈りをしながら実感できません◆ナイロンコードを使い始めて1シーズンが終わるころ、ローターを見るとコードがほとんど残っていないことに気が付きました。4mのコードが巻いてあったのにすべて使い切ってしまった。ふと思ったのは、この4m分のコードはどこに行ってしまったんだろう、ということ。つまり、ひとシーズンかけて草を刈り、4m分のナイロンコードをちぎって庭にばらまいたのでした。マイクロプラスティックを生産していることに過ぎないわけで、翌シーズンからまた金属のチップソーに戻しました◆使う前にわかるだろ、と言われればその通りです。でも、人間はこんなことばかりしているような気がします。ちょっと便利だったり都合の良いものを見つけて使い始めるけれど、その裏では必要のないゴミをばらまいているだけだったり、使わずにできる作業を動力に頼って化石燃料を消費していたり◆庭に生える草も長い年月をかけて管理すれば、草刈りをする必要もなくなるそうです。自然と共生するというのは、そんな自然との向き合い方をすることなのでしょう。店のテーマに掲げた言葉を、生活上で実践できていないことに恥ずかしく思うのでした。もうすぐまた草刈りの季節がやってきます。さて、どうしましょうか。 #
by organic-cambio
| 2026-02-25 16:22
| 店主の雑言
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2月は入試の季節で、中学から大学まであらゆる学校の一般入試が行われています。いまは推薦入試などで年内に入学先が決まってしまうことが多いようですが、一般入試のあのヒリヒリとした緊張感は一生に一度でいいから味わっておいても損はないと思います。きちんと学習を積み上げたか、それともやった気になっていただけで実際には何もできていなかったか。自分の能力や甘さを痛いほど思い知る良い機会だから◆我が家の子どもたちのうち、上3人は農業高校に行きました。お勉強だけでなく農業の実習もできるし、広い農場がある学校でのびのび過ごすほうが、受験を前提にして教科を詰め込まれていくよりも良いと思ったのです。他人と競争することが苦手な子たちだし、多感な時期に自然にふれる暮らしをしておいた方が、大人になって感覚的に豊かになるのではないか、と。すべて父親の考えを子どもたちに強いたわけですが◆ワタクシといたしましては、そのまま農業や林業など自然に関わる仕事に就いてくれたらと思ったのですが、全員が大学に進学して親の勝手な目論見通りにはなりませんでした。子どもたちは自分の選択で進んでいったのですから、それでいいのです。彼らなりに想定できない出会いや発見があって、その結果として道が決まっていったのですから。そのベースになる経験を少しだけ親として加味させてもらったけれど、それがどんなスパイスとして彼らの人生の味付けに生きるのか、まだわからないのですから◆受験は将来の学校だけではなく、人生の岐路になるだけに緊張感を伴います。その関門のために努力をして極度の緊張の中で試験を受けるのも、経験としては良いと思います。でも、基本的に人間の生きざまというのは偶察力を生かせるかどうかで、かなり変わると思うのです。思わぬものを偶然発見できるかどうか、セレンディピティを生かせるかどうかが、受験の結果より大きな結果を生むことがあります。受験はその環境を選択する機会に過ぎない、と思えば少しは気楽になれるでしょう。たくさん失敗した経験からそう思うのです。 #
by organic-cambio
| 2026-02-18 14:17
| 店主の雑言
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一年を通して毎朝5時半から犬と散歩をしていると、季節がカラダに刻み込まれます。昔の人たちは太陽の強弱を基に暦を定めたようで、日の出を毎朝外で迎えると、四季の境を越えるたびに太陽の勢いが如実に変わることがよくわかります◆立春を過ぎたばかりの今どきは、6時になると東の空が明るくなり始めています。冬至から大寒のころまでは6時ではまだ真っ暗だったのに、明らかに同じ時間でも空が明るくなり始めるのは、寒さは厳しくてもひとつの希望と感じられます。日の出の時刻を調べると、2月は毎日1分ずつ日の出が早くなっていくのです。ひと月を過ぎれば28分も早くなるわけで、2月が光の春と呼ばれることを実感します◆人間にとっての散歩は田園コースや公園コースが気分的に適しているのですが、犬にとっては家々が並ぶ街中コースが良いようです。いろんな犬の匂いが道端に残っているので、それを追うのが楽しいのです。氷点下の暗い時間に犬の散歩なんてずいぶん物好きだと思われるかもしれませんが、同じ時間に我が家の周りに住んでいる3頭の柴犬たちはみんな散歩に出ていて、毎朝顔を合わせます。柴犬を飼うことはそれだけ散歩が重要なわけで、飼い主もそれに対応できなくてならないのです◆どの家でもまだ暗い時間とはいえ、街中を歩いていると意外なほど料理の匂いが漂っています。だいたいが肉を焼く匂いなのは、きっとお弁当のおかずに豚肉の生姜焼きを焼いているからでしょう。子どもたちやお父さんが持っていくお弁当を作るキッチンから漂ってくる匂いに一日の暮らしが始まる気配を感じるのも、朝の散歩のひと時で悪くない時間です◆季節が巡って春から夏になると、6時とはいえ歩いているだけで汗が流れるようになります。弱々しかった太陽は、朝から肌を焼くような強烈な陽射しとなって降り注いできます。6時でも同じ時刻とは思えないほどの太陽の勢いの違いが、季節をカラダにしっかりと刻み込んでくれるのです。
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by organic-cambio
| 2026-02-10 15:16
| 店主の雑言
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選挙戦が始まったある日、家に帰るとポストに政権与党の広報冊子が投げ込まれていました。せっかくですから利用させていただこうと、燃え盛る薪ストーブで炎の一助とさせてもらいました。寒いもんね~◆老親が健在だったころは与党候補の後援会にも入っていたようですから、我が家も与党派だと思われているのかもしれません。でもワタクシは与党と聞くと、キャベツを芯から食い荒らすあのヨトウムシを思い出すのです。その日も鍋に入れようとした白菜の中から、ぬくぬくとトンネルを掘っていたヨトウムシが出てきたばかりでしたし。ヨトウムシは夜盗虫と書くように、ヨトウというのはロクなもんじゃないので◆地区の役員をやりましたから、誰が配って歩いたかはだいたいわかります。役員をやっているときも国政選挙があり、役員会が終わると「お名前を書いてください~」と後援会の入会用紙を持って回る人がいました。みなさん「はいはい、いつも通りね~」と言いながらさっさとサインしてました。お断りをしたのはたぶんワタクシのみ。この地区の中でオトナになるというのは、こんな時に自己主張をしないことのようです。それ以来、地区のお歴々の頭の中には「あいつは、、、」と付箋を付けられたのだろう思います◆一定の人の括りの中で、いろんな価値観や思想が入り混じっていることを寛容性に富んでいると呼ぶそうです。都会のように隣に住む人がどこの誰だかわからない世界は意図せず寛容にならざるを得ないのですが、地方では岩盤のような不寛容が今も当り前です。高校を卒業して都会に出た人が出身地に戻りたくない理由のトップは、それです。何もかもがバレバレで、同調することが当り前のように求められる世界はイヤなのだ◆ワタクシのように都会からのこのこ入り込んできて、何を言われても屁の河童、カエルの面にションベンという人間は地区の中に少なくて、いい歳になるとみんな分別が付いてオトナになる人ばかりです。だから世の中は変わらず、しばらく絵に描いただけの天下泰平が続くのでありましょう。めでたいことであります。 #
by organic-cambio
| 2026-02-04 15:52
| 店主の雑言
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