月曜の朝は、台風のなれの果てがまだ関東の東海上にあった。空はまだ雲が不穏な動きを見せ、見上げる顔には雨粒が当たった。散歩で犬とともに牧草地の一角にやって来ると、雨でうなだれたヒメジョオンの花の先に、何か黄色いマダラの物体がぶら下がっているのが見えた。少し近づいて見ると、それは羽化したばかりのアゲハチョウだった。
アゲハチョウはそぼ降る雨をしのぐように、羽を下に向けてつぼめていた。昨日はカメラを持って歩いていたのに、こんな日に限ってカメラは家に置いてきてしまった。残念なことをしたけれど、この目でしっかりと見ておこうとさらに近づくと、アゲハチョウは「ほうら・・・」とでも言うように羽を広げて見せた。緑の草原の中に開いたアゲハチョウの羽は、実に艶やかだった。犬を連れてショボくれたおじさんの眼は、開いた羽の美しさに吸い寄せられ、そのまま大門をくぐって花街へ・・・。
台風の大雨で湿気ていた気持ちは、アゲハチョウの羽のおかげですっかりと舞い上がってしまった。さっそく今日の天気を詳しく調べると、雨は上がるものの風が強くなりそうだった。近場の霧ケ峰では風を避ける木がないから、少し遠くても深い森の中がいい。そこで、われらが車は権兵衛トンネルから木曽路を下り、赤沢休養林にやってきた。
お昼は途中で調達したちらしずし。ちょっとチープなものでも、背景がきれいだとおいしそうに見える。あの大雨の後だというのに、ここの川はいつもと同じように澄んだ静かな流れ。天然の山はきちんとダムの役割を果たしているのだ。
欲張りおじさんは高菜入りの稲荷ずしも買った。ちょっと食べすぎじゃないかい?
木々の芽ぶきは、見ているだけでエネルギーを分けてもらえそうな気がする。
シダの芽ぶき。
木イチゴの花は下を向いて咲く。
ツツジの仲間だと思うのだけれど、名前はわからない。
木の根の階段を登っていく。
休養林自体は広いのだろうけれど、歩けるルートはそう長くもない。いちばん奥まで山を越えてゆっくり歩いても小一時間ほど。
だいたい樹齢300年ほどの天然ヒノキ。江戸城の建築や、大火の復興などに伐り出した後に育った木が、今の赤沢の森を形作っているらしい。
山の中を走る森林鉄道・・・ではなくてこれは遊歩道。
この木でおよそ80年生。先ごろ亡くなった我が家の爺さんと同じような歳の木は、まだこの辺りの木の中ではでは若者だ。陽が良く差し込むので下ばえも青々としている。
木一本首ひとつ、と言われるほど厳しく管理されてきた天然林だけに、ここでは人工林にはないゆっくりとした時間の流れが味わえる。われらはそれに惹かれて、毎年ここを訪れている。