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小学4年の時に方言を調べる授業がありました。ワタシが育った東京のはずれ板橋区では、親が代々板橋の出身者という家が少なくほとんどが地方出身者でしたから、それぞれ親から出身地の方言を聞いてきて発表した。東京の北西部だから東北の人が多かった。山口の大企業社宅が学区域にあったので、西の言葉を発表する子も多かった。ワタシは千葉の方言を親から始めて聞いて感動したのでした。
東京の言葉が標準語だと思って育ったので、同じ国の中にいろんな言葉があることに驚いたのです。そういえば3年生までの担任だったおばあちゃんのような先生は東北出身で、ツバメのことをチバメと発音していた。千葉出身の両親にも東北系の発音があったので違和感はなかったのですが、転校生で発音の違いをからかわれて泣いてしまった子もいた。東京は全国から寄せ集まった人の街なのです。
その方言を聞いたのがきっかけで、千葉の両親の実家に遊びに行くようになります。自分の知らない世界を見てみたいと思うようになったのです。6年生になると夏休みになると千葉に行ったきり、2学期の始業式ぎりぎりまで帰ってこなくなる。そして覚えてきた千葉の方言を使ってみせ、そんな言葉を忘れかけていた両親に嫌がられた。方言は田舎者の証のようで汚い言葉という認識だったのです。
でも、東京の言葉しか知らなかったワタシには、方言はエキゾチシズムに満ちた言葉でした。東京以外にはいろんな言葉があることを知らなかったのです。自分の知らないところにも大きな街があって、いろんな言葉で喋ってる。東京の言葉は無味無臭だけれど、方言にはその地方の匂いがある。これって面白い。標準語に近い言葉しか知らなかった小学生は、夏休みになるとあちこち出歩くようになる。
中学生になると福島に行ったり、夜行に乗って広島まで行ったり。高校生になると大鹿村に入り浸って、飯田線に乗ってくる女子中学生がズボンを穿いているのに驚いたりする。やがて一緒に暮らすようになったカミさんはふだんは東京言葉だけれど、耳から関西弁が入ると無意識で関西モードになるという特技があった。関西の実家ではみんなコテコテの関西弁で、異郷に来たヨロコビを味わえる。
やがて移住した信州では、イントネーションの差はあまり強くなかったけれど独特の方言がたくさんあった。食事の後で「いただきました」と言うのは冗談だと思ってた。わが店で買い物をするときはフォーマルな言葉遣いの人が多いけれど、住まいのある地元の集まりに行くとコテコテ。知らないうちに自分でも方言がスタンダードになって、最近は東京出身の友人から揶揄されることもあります。
最近は方言と標準語をうまく使い分けるようになって、フォーマルな場では東北の人も九州の人も言葉に特徴がなくなってきました。言葉の発し方を変えたことがないワタシにはわかりませんが、進学などで地方から東京に来ると言葉に気を使ったのでしょうね。その中で関西の人は頑なに関西風の話し方を貫く人が多いですね。150年前まではこっちが標準語だったと言いたいのかもしれません。 街歩きのフォーラムで長崎に行った際、女子大生がガイドをするツアーがありました。案内を標準語で話すので「方言を使ってみて」とお願いしたら、話し方がとってもチャーミングになった。地方に行ったらその土地の言葉を聞くのは旅の面白さだし慣れない標準語は堅苦しい。どこでも同じ言葉である必要はないのだから、もっと方言が使われてもいいと思うのは標準語圏育ちの勝手でしょうか。
by organic-cambio
| 2018-11-20 16:08
| 店主の雑言
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