本州のど真ん中に国境があったら、と想像してみる◆とある戦争ののち、地質境界の糸魚川静岡線を国境として、東北日本と西南日本にひとつの国が分断されてしまったとする。諏訪湖は国境線上にあり、湖北と湖南は行き来ができななくなった。東北は社会主義国家で西南は自由主義だとする。かつては同じだった地域の中に国境ができ、体制の違う国家の警備隊が銃を構えて向き合っている◆違う国とは言っても同じ言葉を話し、国境の向こう側に住んでいた親戚とは合うこともできなくなってしまった。いつも渡っていた釜口橋は通れなくなり、無理やり諏訪湖を泳いで渡ろうとすると銃で撃たれてしまう◆まるでSF小説のように思えるけれど、そんな境が引かれてしまった場所は世界中にいくつも存在する。パレスチナであったり、ウクライナであったり、朝鮮半島であったり。その境があるために命を懸けて戦わなくてはならなかったり、人生で最も楽しいはずの時期に兵役につかなければならなかったり◆韓国の国境近くにはスターバックスができて、遠く北朝鮮を望みながらコーヒーが飲めるのだという。北朝鮮も韓国から見えることを前提にした模範的な村に仕上げているそうだが、その暮らしぶりは決して豊かには見えないらしい。コーヒーを飲みながら無理やり引かれた境の向こう側を見るという心情は、自分たちにはまったく思い浮かばない。それだけに自分たちの目の前に国境ができたら、という荒唐無稽な想像を立ててみるのだ◆かつては私たちの国も国境を越えて他国を支配した経緯があるけれど、今になってまた自分たちの都合で国境を変えようとする動きが世界中から伝えられてくる。いつだって小さな市民は何ごとも自分ごとと考えるものだけど、そんな横暴さに振り回される人たちの気持ちを精一杯想像しなくてはならないと思うのだ。他人ごとではない、と。