2月は入試の季節で、中学から大学まであらゆる学校の一般入試が行われています。いまは推薦入試などで年内に入学先が決まってしまうことが多いようですが、一般入試のあのヒリヒリとした緊張感は一生に一度でいいから味わっておいても損はないと思います。きちんと学習を積み上げたか、それともやった気になっていただけで実際には何もできていなかったか。自分の能力や甘さを痛いほど思い知る良い機会だから◆我が家の子どもたちのうち、上3人は農業高校に行きました。お勉強だけでなく農業の実習もできるし、広い農場がある学校でのびのび過ごすほうが、受験を前提にして教科を詰め込まれていくよりも良いと思ったのです。他人と競争することが苦手な子たちだし、多感な時期に自然にふれる暮らしをしておいた方が、大人になって感覚的に豊かになるのではないか、と。すべて父親の考えを子どもたちに強いたわけですが◆ワタクシといたしましては、そのまま農業や林業など自然に関わる仕事に就いてくれたらと思ったのですが、全員が大学に進学して親の勝手な目論見通りにはなりませんでした。子どもたちは自分の選択で進んでいったのですから、それでいいのです。彼らなりに想定できない出会いや発見があって、その結果として道が決まっていったのですから。そのベースになる経験を少しだけ親として加味させてもらったけれど、それがどんなスパイスとして彼らの人生の味付けに生きるのか、まだわからないのですから◆受験は将来の学校だけではなく、人生の岐路になるだけに緊張感を伴います。その関門のために努力をして極度の緊張の中で試験を受けるのも、経験としては良いと思います。でも、基本的に人間の生きざまというのは偶察力を生かせるかどうかで、かなり変わると思うのです。思わぬものを偶然発見できるかどうか、セレンディピティを生かせるかどうかが、受験の結果より大きな結果を生むことがあります。受験はその環境を選択する機会に過ぎない、と思えば少しは気楽になれるでしょう。たくさん失敗した経験からそう思うのです。