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生まれてから四半世紀余りを過ごした東京のはずれにあった家は、裏が急斜面の雑木林でした。雑木林と言えば武蔵野の風景ですが、台地が小さな川に浸食された谷地の縁に建っていました。林にはコナラ、クヌギなどに混ざり一本のエゴノキがありました。私の家に被さるように枝を伸ばし、梅雨時になると白い花がたくさん咲き、やがて屋根にバラバラと音をたてて無数の実が落ちてくるのでした。
東京とはいえそんな環境で育ったので、木の存在には馴染んでいました。風が吹けば葉が音をたてて知らせ、初冬には枯葉をばらまいて冬を知らせ、蛇やトカゲやガマガエルが暮らす薄暗いけど豊かな世界。年が長じて住処を選べるようになると、選ぶ基準になったのは空の広さと森や林の有無になりました。最終的に信州までやって来て、夜にはフクロウの声が聞こえる森の近くで暮らしています。
仕事としてきた店は、屋根に無数の実をばらまいたエゴノキと同じくらいの年月を重ねました。そしてこの店も、街の中で一本の木のような存在であり続けたいと思うのです。木は動かずにひとつの場所で根を張り続け、芽吹いた葉が秋には散って土を肥し、枝には鳥が遊んで木陰には人が休む。強い風に吹かれて枝が折れることもあるけれど、なんとか樹形を保って春にはたくさんの花を咲かせます。
木は動けないから動物のように命がけで縄張り争いをしません。そばに成長の早い木が茂って日陰になっても、陽の当たる方に枝を伸ばし共存を計ります。それぞれの木に実を好んで食べて種を運んでくれる鳥や虫がいて、同じ地面に根を張りながらちゃんと棲み分けをしているのです。何があってもたくさんの葉を茂らせ風に吹かれている。そんな木のような存在としてあり続けたいと思うのです。 #
by organic-cambio
| 2024-02-22 09:18
| 店主の雑言
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地域の役があと2か月で終わります。生まれ育った地域の役を地元の人ばかりが担ってきたので、良く言えばツーカー、悪く言えばドロドロの世界。そんな中で5年間のお務めをやってこられたのは、ひとえによそ者だから。子どもの頃からのチカラ関係はいくつになっても変わるものではないらしく、小さい頃にいじめを受けた人はいい歳になった今もやりにくそうでした。その点よそ者は楽なのです。
田舎に移住する人が直面する問題に、地域とどう向き合うかがあります。移住に失敗した人の手記を読むと、地域と良い関係が作れなかったことがよくあります。都会の論理を振りかざしたり、やたら自由を求めることだけではなく、うまく地域に溶け込めなかったことも多いようです。私たちは住んでいる地域では自営業のよそ者で特異な存在でしたが、子どもがいたことで関係ができていきました。
PTAや子ども会に関わらざるを得ないことから地域で認知され、長く住むことで地域の役も引き受けざるを得なかった。できることなら関わらずに済ませたかったけれど、お世話になっておきながら何もしないわけにはいかなかった、というのが本音。そんな客体での向き合い方でしたが、やるとなったら主体にならないと気が済まない自営業の性が顔を出して、けっこう楽しませていただきました。
地元で育った人と途中から紛れ込んだ移住者とでは、ある部分で決定的な差があります。それは子どもの頃からの関係を引きずっていないことで、ある時期からの人格だけで過ごせること。恥かしいことをやり散らかしたり、思い出したくもない子ども時代を過ごしてきた私といたしましては、忌まわしい過去を知らない人たちとの関係はやり易いのです。じゃあもう少しやれと言われても断りますが。 #
by organic-cambio
| 2024-02-16 10:41
| 店主の雑言
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どこの家にも固有の流儀があって、わが家にも夫婦と子供たちが醸してきた流儀がはっきりと存在します。子どもたちが小さい頃に泊まりに来た人たちは、父親が朝食の準備をすることや、ごはんを食べ終わった子供たちが順番待ちをして食器を洗うのを見て驚いていました。私たちとしてはごく当たり前にやっていることに驚かれるので、よそのおうちでは違うんだ、と逆にまた驚いたりもします。
父親が一番早く起きるので子どもたちに朝食を用意してあげるのだし、食べたものは自分で洗うのが当たり前だから子どもたちにも求めてきただけです。家での家族の役割を固定化すると、お互いに依存する関係になります。それを当たり前とした時代が長かったけれど、私たちはあまりそれが心地よくなかっただけです。父親が仕事、母親が家という主従はありますが、得意分野を分担した結果です。
最大時で8人家族でしたから、もし洗い物が流しに溜まると大変だったと思います。食器洗い機が必要になるのは食器をひとりで片付けなくてはならないからで、各々が自分の分を洗えば大したことではないんです。それに食器を洗いやすいように食べる工夫も身に付くし、食器が大切なものであることもわかってきます。私たちは食べることを仕事にしているだけに、大事にしたいことだったのです。 私たちは食器の中で個別のものになる飯椀と汁椀、お箸は木曾の漆器を使っています。手に馴染んで使いながら一緒に経年変化していく生き物のような器です。漆器は食器洗い機に適さないので、我が家で食器洗い機を使うことは今後もないはず。子どもたちはいなくなったから朝食は自分の分だけしか用意しませんが、休日だけはカミさんの分もついでに用意します。あくまでもついでです、ついで。 #
by organic-cambio
| 2024-02-08 13:32
| 店主の雑言
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軽井沢店の新たな商品構成を考えるために、久々に東京に出向いて都心のお店を巡ってきました。田舎のタコ壺のような店にこもってばかりなので、感覚を磨きたかったのです。この10年ほどでオーガニックの食材を取り巻く環境は変わったし、それらが歴史ある店でどのように位置づけられているのかを知りたかったのです。そこで京橋の明治屋、青山の紀ノ国屋、麻布のオーガニック専門店へ。
タコ壺とはずいぶんと格が違う店ですが、だからこそ商品構成や佇まいにココロが動くのです。目のウロコがピクリともしないようじゃ行く意味がない。銀座の近くで明治から食材を売ってきた明治屋と、日本で初めてスーパーマーケットを開いた紀ノ国屋では今、どんな食材が棚を構成しているのか。欧米の外交官が多い麻布の新しい外資系オーガニックショップには、どんな食材が並んでいるのか。
食材は地域性や生活文化が反映される商材ですから、我らが店ではなるべく地域の中の個人が小規模に作っているものを並べてきました。でも東京や軽井沢という世界中から人が集まる場所では、ローカルなものはお土産的存在になりかねません。日常的に求められる食材はどんなものなのか。答えはないけれど、感覚的な素材はいくつも得られたので、おツムの秘伝のタレに漬け込んで発酵させます。
余談ですが、今回は犬も一緒に連れて行き、港区に住む次女に半日預けました。東京タワーを見上げたりスタバでカフェしたり、都会の喧騒を経験したそうです。いつも田舎の野山ばかりを歩いている犬にとって、人がうじゃうじゃいる歩道を歩くのは初めてで楽しかったことでしょう。一日中寝ることもできず、車でウトウトする間もなく、家に戻ると疲れた様子で翌日は昼まで寝込んでいました。 #
by organic-cambio
| 2024-02-01 17:11
| 店主の雑言
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週末に心配された大雪は雨になって生活に影響がなくて助かりましたが、季節はまさしく寒中で、しかも大寒の日でした。どうやら今年も気候のリズムが狂ったままのようです。12月から3月まで空から落ちてくるものはみんな白かったはずですが、昨年も一昨年も寒中に大雨が降っていて、真冬の雨は常態化しつつある。32回しか知らない信州の冬だけど、どうも変化のスピードが速すぎますね。
開店したころの店は中央線の踏切近くにありました。2階に二間だけの住居があって、踏切と列車の音が賑やかでした。まだ新宿発の夜行列車が走っていたので、明け方にやって来る松本行きで目が覚める生活。冬はその時間が一番寒いので、起きると窓にはびっしり霜が張り付いて冷凍庫で寝ているような気分。カミさんは寒くて部屋が温まるまで布団をかぶったスフィンクスのようになってました。
送られてきた野菜の箱を開けて店の準備をしていると、見る見る野菜が凍っていきます。セロリの葉は触るだけで粉になり、大根はまだらに透き通ってしまう。なんというところに来てしまったんだろうと思うと当時に、東京にはない厳しい寒さにワクワクもしました。-15℃まで下がった日には、外に設置した保冷庫の中に冷気が入って野菜がすべて凍り付いたこともありましたが、今やむかし。
その頃でさえ、すでに御神渡りができない年が増えて地球温暖化が叫ばれていました。30年という時間は人間にとっては長い時間であっても、地学や地球物理では一瞬にもならないほど短い時間です。人間が認識できるほどの気候変動が起きているのを私自身が実感できるのですから、この危機がいかにヤバいかがわかります。ではそのために何をするのか。大雨の音を聴きながら自問するのでした。 #
by organic-cambio
| 2024-01-25 16:49
| 店主の雑言
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